序章

 ここでは、大西栄三先生著「空手史」の内容の概要を掲載します。この本は、大西先生が膨大な資料と度重なる沖縄・中国での実地調査により研究した成果を整理し、わかりやすいように記述したものです。「空手史」はB5判250ページもあるため、ここでは、残念ながら各章の要約しか掲載できません。詳細に知りたい方は書籍「空手史」をご覧ください。

要約[序文]

 本書は、拳道学会員の指導書として執筆したものであり、次の六章に分類しています。

第一章中琉関係と拳
第二章拳の伝来
第三章手の形成
第四章唐手・空手の普及と社会
第五章文化創造への志向
第六章拳道学

 読者は、空手史の年代や人名を知るのみでなく、空手が文化として、「社会にどの様な役割を果たしてきたか」、「今後どうあるべきか」を読み取ってください。これにより。空手を科学的・倫理的立場から、人類の未来に役立てる文化に成熟させるには、「どうすれば良いか」、五十年、百年先を見据えて、各人自分の考えを形成していただきたい。その為には身体を正しく鍛え、私利・私欲を捨て、高度で有益な勉強を行うことにより、知識を深め視野を広くして、体験を通して人類の未来を考えることです。
 文化の歴史を知ることは、過去を知り、現在を知って、未来のあるべき姿を研究模索する。更に研究結果を通し、各自が現在の文化に対して試案を出す。これは歴史を学び研究する者の責任でもある。故に現在の空手に対する試案例として、第五章・第六章を記します。
 空手を後代に伝え価値を生じさせる為にも、熟慮して冷静に読んでもらいたい。先入観や社会一般の常識を尺度にして、読まないことを希望します。

名称について
○拳
 拳は北中国で発生したものが、ヨーロッパ・中近東・インド等も格闘技術の影響を受けつつ、南・西方面にも伝わり、形成されてきた。時代とともに内容・名称共に変遷が見られる。例えば、春秋・戦国時代では、武芸・拳勇などで、秦・漢時代では、角抵・弁など。元・明代では拳・手・拳法など、清代では、拳・武技・武術などである。現在では、拳・武術・武技・国術・国技などで呼んでいるが、「拳」と呼ぶ人が絶対多数である。
 日本では拳法と呼んでいる人が多い。しかしながら、拳と拳法の区別がなされていない。例えば、少林拳は中国の有名拳だが、少林寺拳法は日本製である。内容は全く異なる。
 米国などでは功夫と呼ぶ人がいる。これは巫女より出た言葉である。巫は拳を振り脚をあげて勇ましく舞う。これに拳技の一部が取り入れられた。したがって、功夫は舞であり、宗教と養生に関連する。広東・香港・マカオ等で功夫と呼ぶ人々がいたためにこの呼び名が伝わったが、華僑は拳・国技・武術・国術と呼んでいる。 ここでは、「拳」という名称を使用する。これは、相撲以外の素手の格闘技を表す場合、国術・国技・武術・武技では示す範囲が広すぎ、武器使用技術・相撲などと区別が難しく、また、功夫・拳法では使用者が少なすぎる。よって、学問上多少無理はあるが、絶対多数者が使用している「拳」を用いる。

○空手
 明代から清代中期では、琉球では主として「手」と呼んでいた。明治時代に入り、糸洲安恒が沖縄各地で伝えられていた手をまとめ、形成する。他方、東恩納寛量により、福州の白鶴拳・羅漢拳の技術が持ち込まれる。これらは「手」と呼ばれていたが、明治41年糸洲安恒により「唐手」に変名。昭和11年に日本軍部により、強制的に「空手」に変字させられ、今日に至る。